『リィンカーネーションの花弁』は「廻り者」と呼ばれる人間たちが、前世の才能を引きずり出して殴り合う作品です。
偉人と殺人鬼が同じ土俵に立ち、国家や世界ごと巻き込んでいくイカれた才能バトル漫画です。
ここではネタバレ前提で、作品の前提から東耶の異常さ、勢力図、才能インフレの行き先までを一度まとめて整理します。
- リィンカーネーションの花弁の謎や伏線
- リィンカーネーションの花弁の解説・考察
※この記事はリィンカーネーションの花弁のネタバレを含みます
下記の関連記事及び目次の後から記事の本文が始まります。
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作品の前提:廻り者と輪廻返り
輪廻の枝で喉を裂くところから全部始まる
この作品の世界では、人は死ぬと「輪廻の花弁」と呼ばれるシステムに取り込まれて転生するとされています。
その流れを無理やりこじ開けて前世の力を引きずり出す儀式が輪廻返りです。
輪廻の枝と呼ばれる刃物で自分の喉を裂き、血の代わりに花弁を散らしながら前世の影を身体に重ねます。
この儀式を経て、歴史上の人物の才能を今世で振り回す存在が廻り者です。
偉人格と罪人格という二つのレーン
廻り者の前世は大きく分けて偉人格と罪人格に分かれます。
ニュートンやレオナルド・ダ・ヴィンチ、ナイチンゲールのように人類の発展に貢献した側が偉人格です。
ヴラド・ツェペシュやアルバート・フィッシュ、独裁者たちのように血で名を残した側が罪人格です。
どちらに生まれついてしまったかで、才能の方向性と周りからの扱いが最初から歪みます。
才能バトルの「狂い方」
行き過ぎた才=才能として成立するライン
『リィンカーネーションの花弁』の才能は「現実にあった天才」をそのまま能力にしたものではありません。
現実の延長線を一歩どころか十歩くらい踏み外した行き過ぎた才として描かれます。
宮本武蔵なら二刀流の極致が歪二天礼法になり、二本の大太刀を片手で振り回すレベルにまで盛られます。
舩坂弘なら「何回撃たれても爆撃されても生き残る」という戦争中の実績が、そのまま不死の兵という不死身才能に変換されます。
世界のルールに手を突っ込む連中
インフレが進むと、才能は「人が強い」ではなく「世界そのものがおかしくなる」方向に伸びていきます。
ニュートンの重力の実は、リンゴを中心に局所的な重力場を作り、半径数メートルを即死圏に変えます。
ニコラ=テスラの世界システムは地球の自転エネルギーを電力に変換し、山や永久凍土を焼き切る電撃を撃ち続けます。
アルフレッド=ノーベルの死の商人は、反物質級の爆弾で国の一部を吹き飛ばすスケールです。
この辺りから「才能の強さ=世界のどのレイヤーをいじれるか」という話になっていきます。
勢力図:誰が何のために戦っているのか
偉人の杜と罪人軍(項羽軍)
表で一番目立っているのが、偉人格側の組織偉人の杜と、罪人格を束ねる項羽軍です。
偉人の杜は「悪しき才能を排する」と言いながら、結局は才能のある人間だけを残そうとする選別寄りの組織です。
項羽軍は楚の覇王・項羽を頭に据えた武闘派の集団で、ヒトラーやポル・ポトなど歴史の地獄みたいな面子が混ざっています。
両者の全面衝突が、いわゆる偉人の杜VS罪人軍編です。
旧き四人と偉人大戦
物語の根っこには、かつて世界を本気で終わらせかけた偉人大戦があります。
この戦いを起こした中心人物たちが旧き四人で、その一人がアレクサンドロス=ノングラータです。
ラムセスやソロモン、白き人、項羽といった王格たちが同じテーブルに座っていたことも示唆されていて、現在の戦いはその後始末でもあります。
この「過去のバカでかい戦争の残りカス」が今の世界を歪ませ続けている構図です。
各種「会」と裏側の世界運営
偉人の杜と項羽軍以外にも、世界の裏ではいくつかの「会」が動いています。
美術会や医術会など、それぞれの分野で才能を束ねた集団が、輪廻の種の扱いや世界の維持に口を出しています。
亡き項羽がこれらの会の創設に関わっていたことも語られ、武人でありながら世界運営にも深く噛んでいたことが分かります。
主人公・扇寺東耶は何が異常なのか
才能なしの凡人から「才能泥棒」へ
主人公の扇寺東耶は、最初は才能ゼロ側の人間です。
兄の扇寺西耶はレオナルド・ダ・ヴィンチ由来の万能器を持つ天才で、東耶は何をしても勝てません。
そこで東耶は輪廻返りに手を出し、石川五右衛門の才能である盗人の右腕・左腕を手に入れます。
この瞬間から、東耶は「自分の才能ではなく、他人の才能を奪って積み上げる」側に移ります。
才能システムそのものを食い破る存在
盗人の右腕は他人の才能を奪い、左腕は奪った才能を自分のものとして使う腕です。
普通の廻り者は前世ひとり分の才能しか持てませんが、東耶はこの制限を破って複数の才能を抱え込めます。
不死の兵も串刺し公も世界システムも、理屈の上では全部「盗れる対象」になるのが怖いところです。
偉人の杜から見ても罪人軍から見ても、東耶は才能というゲームのルールを書き換えかねないバグです。
「花弁」というタイトルに粘っこく絡んでくるもの
死ぬたびに増えていくデータの塊
作中で「花弁」そのものをずっと研究していたのが、ローマの英雄カエサルです。
彼は偉人の杜に潜り込んだスパイでありながら、「花弁の考察と研究」を行動原理にしていました。
死んだ才能持ちのデータは花弁として蓄積され、輪廻の枝や輪廻の種といった形で世界に再利用されていきます。
才能バトルで人が死ぬたび、世界のどこかで「輪廻のシステム」が太っていく感じです。
生き残りではなく「何を残すか」の話になっていく
物語が進むほど、「誰が生き残るか」よりも「死んだ結果として何が残ったか」の方が重くなっていきます。
才能、研究データ、輪廻の種、会のシステム、誰かに託された力。
そういうものがぜんぶ花弁の山に積み上がっていき、その上で次の世代の廻り者たちがまた喉を裂いて立ち上がります。
タイトルの「花弁」は、ただ綺麗に散る演出ではなく、「世界が溜め込んだ死と才能のログ」に近いものとしてずっと付きまといます。
これから読み返すときに見ると面白いポイント
才能の格=「どのレイヤーをいじっているか」で見る
単純に「強い・弱い」ではなく、才能がどの段階の世界を握っているかで見ると整理しやすいです。
- 肉体レベル 不死の兵、歪二天礼法、一寸の極みなど。
- 空間・重力・エネルギー 重力の実、空間転移、世界システムなど。
- 世界システムそのもの 王の位クラスや輪廻システム側の連中。
この視点で眺めると、「あ、この才能はもう人間をやめて世界と殴り合ってるな」というラインが見えてきます。
東耶がどのタイミングでどの才能を盗んでいるかを追う
東耶は話数を追うごとに、盗んだ才能の種類と使い方がどんどんえげつなくなっていきます。
初期は単純に攻撃力を盛るだけだったのが、途中からは防御、回復、情報、位置取りと、役割ごとに才能を使い分け始めます。
読み返すときは「この戦いで東耶はどの才能をどの順番で切っているか」を追ってみると、プレイヤーとしての頭の良さがよく見えます。
偉人大戦と旧き四人の断片を拾い集める
本編中には、偉人大戦や旧き四人の話が小出しで挟まれています。
単行本を通して読むときは、項羽やアレクが昔話をし始めたシーンをメモしておくと、後からパズルみたいにつながります。
現在進行形の戦いは、結局そのときの「やり残し」と「後始末」の延長線だと分かってきます。
『リィンカーネーションの花弁』は、才能バトルで派手に見せつつ、その裏でずっと花弁と輪廻のシステムを太らせ続けている漫画です。
誰が一番強いかを考えるのも楽しいですが、「誰の死と才能がどれだけ世界に残っていくか」を意識して読むと、二周目三周目で味が変わってきます。
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