「黄泉のツガイ 鬼滅」と検索しているあなたは、『黄泉のツガイ』と『鬼滅の刃』にどれくらい共通点があって、どこが決定的に違うのかをハッキリさせたいと感じているはずです。
どちらも和風テイストでシリアス寄りのバトル漫画という共通点があり、「家族を失った少年が、特別な力を持つ妹とともに戦う物語」という意味では、『黄泉のツガイ』と『鬼滅の刃』は確かに“並べて語られやすい作品”です。
この記事では、『黄泉のツガイ』と『鬼滅の刃』のストーリー・キャラ関係・世界観・テーマの共通点と違い、「パクリなのか?」という疑問への答え、そして両作品を一緒に楽しむための視点までを整理して解説します。
- 黄泉のツガイと鬼滅の刃の共通点
- 黄泉のツガイと鬼滅の刃の噂
※この記事は黄泉のツガイのネタバレを含みます
下記の関連記事及び目次の後から記事の本文が始まります。
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黄泉のツガイと鬼滅の刃は似てる?まず結論
最初に、「黄泉のツガイ 鬼滅」という検索意図に一番近い結論からまとめます。
設定の“表面”は似ているが、物語の軸とテーマはかなり違う
黄泉のツガイと鬼滅の刃には、確かに「兄妹バトル」「和風」「人外と戦う」といった共通点があります。
- 主人公が兄で、妹と一緒に戦う。
- 舞台に和風の価値観・田舎・家族・因習が濃く出ている。
- 人間と人外(鬼/ツガイ)が激しくぶつかるバトル漫画。
一方で、黄泉のツガイは「双子・ツガイ・封と解・村と組織の歴史」に重きを置いた群像劇寄り、鬼滅の刃は「鬼との戦いと人の心」「大正〜昭和の人間ドラマ」寄りで、物語の軸とテーマの方向性はかなり違います。
「パクリ」ではなく、“同じ系統の読者に刺さる別作品”
荒川弘が鬼滅の刃を真似して黄泉のツガイを描いたというような公式情報はなく、構造を見ても直接のパクリと呼べるレベルの一致はないと考えられます。
- どちらも「家族を守れなかった兄が妹と戦う」構図はある。
- ただし、黄泉のツガイは「双子+ツガイ+封と解+歴史改変」が軸。
- 鬼滅の刃は「鬼+人の弱さと優しさ+世代交代」が軸。
そのため、「黄泉のツガイ 鬼滅」で検索する人が求めている“似ているからこそ比較して語れる別作品”、というのが結論に近いです。
黄泉のツガイと鬼滅の刃の共通点
ここからは、まず「どこが似ているのか」を整理していきます。
兄と妹(兄と双子の妹)を軸にした物語
黄泉のツガイと鬼滅の刃を語るとき、一番分かりやすい共通点が兄妹関係が物語の中心にあることです。
- 黄泉のツガイ:兄ユルと妹アサの「夜と昼を別つ双子」。
- 鬼滅の刃:兄・竈門炭治郎と鬼になった妹・禰豆子。
どちらも、兄は妹を守れなかったことへの負い目や、「妹を守れる存在でありたい」という強い願いを抱えています。
田舎・家族・因習からスタートする物語
物語の出発点が山の中の田舎・家族の暮らしであることも共通しています。
- 鬼滅の刃:山の中で家族と炭焼きをして暮らす竈門家。
- 黄泉のツガイ:東北の山奥の結界に囲まれた東村で暮らすユルとアサ。
どちらも、そこで起きた悲劇(家族の虐殺/村の裏切り)がきっかけとなり、兄が外の世界に飛び出していく構図になっています。
和風ホラー要素+バトルというジャンル感
ジャンルとしても、両作品とも和風ホラー+バトル漫画の系統です。
- 鬼滅の刃:鬼のビジュアル・夜の襲撃・和柄の隊服・日本刀。
- 黄泉のツガイ:妖怪・神・呪物を思わせるツガイ、村の伝承、封印・結界。
血や死が濃く描かれつつ、キャラクター同士の掛け合いで重さを中和するバランスも、共通する読み味です。
黄泉のツガイと鬼滅の刃の決定的な違い①:妹ポジション
次に、「似ている」と言われやすい兄妹要素の中で、むしろ大きく違う点を見ていきます。
禰豆子=守られる側、アサ=ほぼ“爆弾兼チート”
鬼滅の刃の禰豆子と比べると、黄泉のツガイのアサはかなり性質の違う「妹」です。
- 禰豆子:鬼になってしまった被害者で、炭治郎に守られることが多い。
- アサ:解の力の資格者であり、ツガイ・陰陽を従えた戦局をひっくり返せる側の妹。
- アサ自身も、ユルを守る・世界のルールを書き換えうるポジションにいる。
「守られる妹」か、「守られつつも世界を動かす妹」かという違いは、兄妹の関係性にも直結しています。
兄の動機も「救済」と「決別」でニュアンスが違う
兄側の動機にも、似ているようで微妙な差があります。
- 炭治郎:禰豆子を人間に戻すことが最終目標。
- ユル:アサを含めた双子の運命と、東村・影森家・西ノ村の因縁をどう終わらせるかが焦点。
黄泉のツガイは、「妹だけを元に戻せばハッピー」という単純なゴールではなく、世界の仕組み・村の因習との決別がテーマ側に強く出ています。
黄泉のツガイと鬼滅の刃の決定的な違い②:敵と世界の構造
次は、敵の性質や世界の作り方の違いに注目します。
鬼=明確な「人外の敵」、ツガイ=もっと曖昧な存在
鬼滅の刃の鬼と、黄泉のツガイのツガイでは、ポジションがかなり違います。
- 鬼滅:鬼は基本的に人を喰らう「敵」で、無惨一派が明確な最終敵勢力。
- 黄泉のツガイ:ツガイは敵も味方もいて、左右様・ガブリエル・陰陽など「人側のパートナー」も多い。
- 敵に回るのはツガイそのものより、ツガイを利用する村・組織・人間の方が多い。
そのため、鬼滅が「鬼との戦いの物語」なのに対し、黄泉のツガイは「ツガイと人・村・歴史との関係を巡る物語」に寄っています。
“無惨vs鬼殺隊”と“東村・影森家・西ノ村の三つ巴”
勢力図も両作品で違います。
- 鬼滅の刃:
- 鬼舞辻無惨率いる鬼陣営。
- 鬼殺隊と柱たち。
- 基本的には「人間 vs 鬼」の対立構図。
- 黄泉のツガイ:
- 東村(ユルとアサの生まれた村)。
- 影森家(ツガイ管理組織)。
- 西ノ村(封と解を奪い返したい勢力)。
黄泉のツガイは「人間同士+ツガイ」が絡む三つ巴以上の政治的な争いになっているのが大きな違いです。
黄泉のツガイと鬼滅の刃の決定的な違い③:ルールと代償
両作品とも能力にはルールがあるものの、その「ルールの顔つき」が違います。
鬼滅は「鬼の掟」と呼吸法、黄泉のツガイは「契約」と封と解
能力システムの軸を比べると、色が違うのが分かります。
- 鬼滅の刃:
- 鬼には「太陽に弱い」「頸を斬られると死ぬ」などのルール。
- 人間側は「全集中の呼吸」や型を極めて戦う。
- 黄泉のツガイ:
- ツガイには主との契約があり、契約や相性次第で力の出方が変わる。
- 封と解・黄泉平坂・左右様など、「世界のルールを書き換えうる権能」が存在する。
鬼滅の刃が肉体と技術の修行バトル色が強いのに対し、黄泉のツガイは契約・権能・歴史のシステムに踏み込むファンタジー寄りと言えます。
代償表現も「身体」と「縁・歴史」で違う
代償表現の重心にも、違いがあります。
- 鬼滅の刃:柱たちの死や、肉体の欠損・寿命の縮み方など「身体への代償」が前面。
- 黄泉のツガイ:アサの右目、黄泉平坂での選択、村同士の因縁など「縁や歴史への代償」が大きい。
黄泉のツガイは「誰が死ぬか」以上に、過去の積み重ね・村や組織が払ってきたツケに焦点が当たっているのが特徴です。
「黄泉のツガイは鬼滅のパクリ?」という疑問への答え
検索意図として多いであろう「パクリかどうか」という点についても整理しておきます。
兄妹・和風・バトルという“ジャンルのかぶり”レベル
共通点は確かにありますが、それは「兄妹バトル×和風」というジャンルのかぶりに近いものです。
- 兄妹もの自体は、昔から一定数ある王道の型。
- 和風ホラー+バトルも、妖怪/鬼/祟りなどの人気ジャンル。
- そこに荒川弘の「ツガイ」「契約」「村と国家」という得意分野が乗っている。
設定を細かく見れば見るほど、物語の焦点・ルール・敵の作り方がかなり違うことが分かります。
荒川作品としての連続性の方が強い
また、「何の影響が強いか」で言えば、鬼滅よりも荒川弘自身の過去作(鋼の錬金術師など)とのつながりの方が濃いです。
- 兄弟を軸にした物語構造。
- 国家・組織・村と個人の対立構図。
- 世界の根本ルールに触れる「黄泉平坂」と「真理の門」的なモチーフ。
なので、「黄泉のツガイ 鬼滅」で気になっているモヤモヤは、“表面的な見た目が近いだけで、中身は別物”という形で整理するのが一番しっくり来るはずです。
黄泉のツガイと鬼滅の刃を一緒に楽しむための視点
最後に、この2作品を併せて読むときに面白くなる視点を簡単にまとめます。
兄妹の距離感の違いに注目する
- 鬼滅:炭治郎→禰豆子への一方向の「守りたい」感情が強い。
- 黄泉のツガイ:ユル↔アサが互いに庇い合う&世界レベルの問題を背負う関係になっていく。
同じ「兄妹もの」でも、どちらの作品がどんな兄妹像を描こうとしているのかを見比べると、キャラの魅力がより立体的に見えてきます。
敵の描かれ方と“世界の救い方”を比べる
- 鬼滅:鬼の悲しい過去・人間の弱さを描きつつも、最終的には無惨との決着で物語を締める。
- 黄泉のツガイ:村・家・組織・過去の双子の積み重ねをどう“解く”か、“封じる”かが焦点。
両方を読んだうえで、「世界を救う」とは何を意味するのかを考えながら追っていくと、読み応えが一段階増します。
黄泉のツガイと鬼滅の刃の共通点・違いまとめ
最後に、「黄泉のツガイ 鬼滅」というキーワードで押さえておきたいポイントをまとめます。
黄泉のツガイと鬼滅の刃のおさらい
- 黄泉のツガイと鬼滅の刃は、どちらも兄妹を中心にした和風バトル漫画というジャンルで共通しており、田舎スタート・家族の悲劇・人外との戦いといった表面的な要素はよく似ている。
- 一方で、黄泉のツガイは「双子・ツガイ・封と解・村と組織の歴史」を描く群像劇寄り、鬼滅の刃は「鬼と人の心・大正の人間ドラマ・世代交代」を描く、人間ドラマ寄りの作品であり、物語の軸とテーマはかなり違う。
- 妹ポジションも、鬼滅の禰豆子は“守られる側”寄りなのに対し、黄泉のツガイのアサは“世界のルールを動かせる爆弾兼チート”として兄と対等に話を動かす立場にいる。
- 敵や世界構造も、鬼滅は「無惨vs鬼殺隊」という人間 vs 鬼の対立が中心だが、黄泉のツガイは東村・影森家・西ノ村の三つ巴以上の政治的な争いで、「ツガイそのもの」より「人間や組織の利害」が前面に出ている。
- 以上から、「黄泉のツガイ 鬼滅」が気になる読者に対しては、両作品は“兄妹×和風バトル”という入口は似ているものの、中身はしっかり別方向に振り切れた作品であり、パクリではなく“同じ棚に並べて楽しめる別ライン”と捉えるのが妥当だと言えます。
黄泉のツガイを読むときは「鬼滅っぽい」と感じた部分をきっかけに、逆に「ここは全然違うな」というポイントを探していくと、両方の作品の個性がよりくっきり見えてきます。
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