「黄泉のツガイ 御陵(みささぎ)」と検索しているあなたは、『黄泉のツガイ』に登場する西ノ村側の幹部・御陵がどんな人物で、ミナセやユルたちとどう関わっているのかを整理して知りたいと感じているはずです。
御陵は、西ノ村陣営の中でもミナセに付き従い、封と解(ユルとアサ)を巡る計画の中核を担う冷徹な実行役として描かれるキャラクターで、人間離れした価値観と「村」への執着の強さから、読者の間でも「何を考えているのか分かりにくい不気味な敵」として印象に残ります。
この記事では、『黄泉のツガイ』の御陵(みささぎ)のプロフィールと正体、西ノ村陣営での役割と目的、ツガイや戦闘スタイル、ミナセやユル・アサとの関係、そして行動や発言から見える思想・考察を整理して解説していきます。
- 黄泉のツガイの御陵(みささぎ)の正体
- 黄泉のツガイの御陵(みささぎ)の能力や強さ
※この記事は黄泉のツガイのネタバレを含みます
下記の関連記事及び目次の後から記事の本文が始まります。
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黄泉のツガイの御陵(みささぎ)とは?プロフィールと立ち位置
まずは、御陵(みささぎ)という人物が『黄泉のツガイ』の中でどんな位置にいるキャラクターなのか、基本を押さえます。
西ノ村陣営の幹部格でミナセに付き従う側近ポジション
御陵は、『黄泉のツガイ』の中で西ノ村側の幹部クラスのツガイ使いとして登場します。
- 所属:西ノ村陣営(封と解=ユルとアサを狙う勢力)
- 立ち位置:ミナセの側近・実働部隊のまとめ役
- 役割:ユルやアサの確保/排除、封と解の奪取計画の実行と管理
ミナセと比べると目立ちにくい存在ですが、実際に「動いている側」の人間として、作戦の采配・部下の指揮・現場での判断などを担っているのが御陵です。
理知的で冷徹、村とミナセのために動く合理主義者
性格面では、御陵は感情を表に出さず、ひたすら合理的に動くタイプとして描かれています。
- 任務のためなら平然と人命を切り捨てる冷徹さ。
- 無駄な感情論を嫌い、結果を最優先する思考。
- ミナセへの忠誠は厚いが、盲目的な崇拝というより「村の生き残りのための最適解」として従っている印象。
この「理屈は通っているが人道的にはヤバい」というバランスが、御陵の不気味さと敵キャラとしての存在感を強めています。
黄泉のツガイの御陵(みささぎ)の目的と思想
次に、御陵が何のために動いているのか、その目的と価値観を整理します。
西ノ村の復権とミナセの計画遂行が最優先
御陵の最優先事項は、西ノ村の復権とミナセの計画の成功です。
- 村の生き残りであるミナセを「最後の切り札」として支える立場。
- 封と解(ユルとアサ)を確保し、村に有利な形で世界のルールを書き換えようとしている。
- そのために、下界の人間や東村・影森家側の犠牲を「必要経費」として扱う冷徹さを持つ。
御陵にとっては、「村」=守るべき最優先の単位であり、個人の幸福や一般的な倫理観は、計画の前では二の次になりがちです。
ユルとアサは“駒”か、それとも脅威か
御陵は、ユルとアサという双子を極めて重要な駒として見ている一方で、同時に大きな脅威とも認識しています。
- 封と解を持つ双子は、西ノ村にとって「世界を取り戻す鍵」であり、利用価値が高い。
- しかし、制御できなければ過去の悲劇(400年前の戦乱)の再来になりかねない。
- そのため、確保が難しいと判断すれば「処分」も選択肢に入れて動く。
こうしたスタンスから、御陵は「ユルたちの味方にはなりえないが、単純な憎悪で動く敵でもない」という独特の立ち位置になっています。
黄泉のツガイの御陵(みささぎ)のツガイと戦闘スタイル
ここでは、御陵が従えるツガイや戦い方について、分かる範囲で整理します。
御陵のツガイは制圧・管理向きの実務型
御陵のツガイは、派手な一騎当千タイプというより、戦場の制圧・対象の拘束・状況のコントロールに優れた実務型に分類されます。
- 広範囲に結界を展開し、対象の移動を制限する。
- 感知・追跡・監視といった情報戦に強い能力。
- 直接火力よりも、「逃がさない・封じ込める」方向で力を発揮するタイプ。
そのため、御陵本人も前線で殴り合うより、指揮官・戦術家として場を支配する役割を担うことが多くなっています。
単独での戦闘力より「組織力」で脅威になるタイプ
御陵の強さは、
- ツガイの制圧力
- 部下・協力者との連携
- ミナセの権能とのコンボ
といった「組織+能力」の総合力にあります。
- 単体で左右様や百鬼夜行と殴り合うタイプではない。
- しかし、準備時間と情報が揃えば、ユルやアサ側をじわじわ追い詰める厄介さがある。
この「タイマン最強ではないが、組織化された敵として非常に嫌な相手」というポジションが、御陵戦の空気感を作っています。
黄泉のツガイの御陵(みささぎ)とミナセ・西ノ村の関係
次に、御陵とミナセ、そして西ノ村そのものとの関係を見ていきます。
ミナセへの忠誠は“個人”というより“村”への忠誠
御陵は、ミナセに対して深い忠誠心を見せますが、その根っこはミナセ個人への感情というより「西ノ村の生き残りへの責任」に近いものです。
- ミナセを「村の希望」として扱う一方で、彼女の狂気や残酷さも理解している。
- それでもなお、村の利益のためにミナセに従うという選択をしている。
- 必要ならば自分も、そして他者も「駒」として処理する覚悟を持つ。
このスタンスは、ユルやアサ、影森家の「家族のために戦う」価値観と鋭く対立するポイントでもあります。
西ノ村の“代弁者”としての御陵の役割
物語の中で、御陵はしばしば西ノ村の考え・歴史・言い分を語る役割も担います。
- 400年前の出来事や、西ノ村が辿った悲劇を説明する。
- 東村や外の世界への恨み・不信感を代弁する。
- 「自分たちは悪ではなく、生き残るために戦っている」という理屈を淡々と述べる。
これにより、読者は西ノ村を単なる「悪の村」としてではなく、「歪んではいるが、それなりの事情と理屈を持った集団」として見せられることになり、御陵の存在が世界観の厚みを支えています。
黄泉のツガイの御陵(みささぎ)の見どころと考察
最後に、御陵というキャラクターを見るうえでの見どころと、今後の考察ポイントをまとめます。
御陵の見どころ:静かな狂気と一貫した合理主義
御陵の魅力・見どころは、大きく次のような点にあります。
- ミナセのように分かりやすく狂っていない分、静かな狂気が滲むところ。
- 自分の正しさを信じきった合理主義者としてのブレのなさ。
- ユルたちへの憎しみではなく、「村のために邪魔だから排除する」という冷たい距離感。
感情を露わにしないからこそ、ふとした一言や表情の変化に本音や迷いが垣間見えたときが、御陵というキャラを深掘りするポイントになります。
今後の展開で注目したい御陵のポイント
- ミナセの計画が破綻し始めたとき、御陵は最後まで付き従うのか、それとも別の合理的選択を取るのか。
- ユルやアサと直接対話する場面で、御陵の中の「村への忠誠」と「人としての良心」がどう揺れるのか。
- 西ノ村という枠組みが変わっていくとき、御陵が「次の世界」に順応するのか、それとも古い秩序とともに消えていくのか。
黄泉のツガイの御陵(みささぎ)は、派手なバトルで魅せるタイプではないものの、西ノ村という勢力の理屈と冷酷さを体現するキーパーソンです。ミナセの隣に静かに立つ彼の視線や言葉に注目して読み返すことで、西ノ村サイドの物語がより立体的に見えてくるはずです。
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